全日空(ANA)は、2016年4月に新組織「デジタル・デザイン・ラボ(DD-Lab)」を立ち上げた。ミッションは「やんちゃ」な発想で『破壊的イノベーション』を起こすこと。テクノロジーが凄まじいスピードで進歩しているなか、DD-Labが描く未来図とは?
DD-Labのチーフ・ディレクターである津田佳明氏へのインタビュー。第1回のテーマは、数十年後の未来について。未来の空の輸送はどうなるのか、あるいは、どうあるべきなのか。時空を超える「移動」の事業化とは――?
イノベーション創出のために別棟経営で発足したDD-Lab
ANAホールディングスの2016〜2020年度中期経営戦略では、3つの戦略の柱を立てている。そのひとつが「攻めのスピード経営の実践」だ。
その柱のもとでうたわれているのが「制約にとらわれない発想とスピードでのイノベーションの創出」。ANAグループCEOの片野坂真哉氏も社内向けのメッセージで「新しい発想でチャレンジする社員を増やしていこう」「上司や役員を追い抜いていくほどの『やんちゃさ』や『気概』を持っても構いません」と社員を鼓舞した。
DD-Labが発足した背景には、イノベーション創出の壁となっていた既存事業の判断基準プロセスとは異なる組織/機能が必要という判断があった。「基本的に航空会社はオペレーション会社のため、計画したことを実行していくことが大切。しかし、新しい技術を見ていくためには、その計画に囚われないことも大事になってくる」と津田氏は説明する。
DD-Labで、「イノベーション創出エンジン」の役割を担うのは8人(2017年12月現在)。元ボーイングや元キヤノンの技術者、ANAのキャビンアテンダント、空港スタッフ、整備、マーケティングなどからさまざまなキャリアの人材が集結。ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱する『破壊的イノベーション』をキーワードに、「既存のANA事業のなかでは、誰も着手してこなかったことやっている」(津田氏)。
では、航空会社で『破壊的イノベーション』となりうるのは何なのか?
DD-Labでは現在、3つの分野の未来に注目している。いずれも、現時点では奇想天外とも見え、SF映画の世界の話のように聞こえる取り組みだ。しかし、「将来、このアイデアが実現した時、エアラインとしてその分野でリーダー的存在でありたい。そのための今。」として真剣に取り組んでいる。それだけ、テクノロジーは「破壊的な」スピードで進んでいる。
アバター(AVATAR):制限のない空間「移動」で広がる未来の可能性
2016年、非営利財団「XPRIZE財団」が主催する国際賞金レースのテーマとして、ANAが提案した「ANA AVATAR X PRIZE」が採用された。AVATAR(アバター)とは、本来的にはコンピューターネットワーク上の仮想的な空間において自分の分身として表示されるキャラクターを意味する。
ANAの提案では、時間、距離、文化、年齢、身体能力などさまざまな制限に関わらず「移動」できる技術として、例えば遠隔治療や、人間が立ち入れない災害現場や放射線汚染地域など、社会的課題を解決する活動を想定。その先の未来には、時空を超えた旅への進化を夢見ている。
ちなみに、XPRIZEの国際賞金レースでは、現在グーグルがスポンサーになっている月面への民間ロボット探査機着陸を競う「Google Lunar X PRIZE」が進行中。日本の「HAKUTO」がファイナリスト5チームに勝ち残っている。「ANA AVATAR X PRIZE」では、グーグルの立場をANAが展開することになる。
「最初は、ドラえもんの『どこでもドア』をやってみたいと考えた」と津田氏。つまりはテレポーテーションだ。
量子力学的には理論上可能だが、素粒子の塊である人間の瞬間移動はまだまだ未知の領域。「だったら、実際に移動せずに自分がこっち側にいながら、あっち側を体験できないか」と発想を転換し、アバターのアイデアを思いついた。アバターに必要なテクノロジーは「ハプティクス(触覚技術)」。この分野の進歩は日進月歩だ。
「ANA AVATAR X PRIZE」は、2018年3月に開催される世界最大のクリエイティブ・ビジネス・フェスティバル「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」で正式にローンチされ、賞金レースが始まる。ANAが賞金を出すことになるが、実現可能な技術にはANAが最初に提案できる権利を持つ。「この技術が事業化されるとき、ANAが主導権を持ちたい」と意欲的だ。
ドローン:地上150m以下の空域インフラを構築
ドローンの運用については、2015年12月の航空法改正によって、新たな規制が導入された。空港周辺上空、150m以上の高さの空域、人口集中地区の上空でドローンを飛ばすためには、国土交通大臣の許可を受ける必要がある。
現在のところ、ドローンの主な活用目的は撮影だが、将来的には大型化が進み、貨物輸送あるいは旅客輸送への可能性も視野に入っており、新たな「産業空間」の創出への期待も大きい。
ANAでは、地上150m以下のドローン空域におけるインフラ整備を提案していくため、産官学共同の日本無人機運行管理コンソーシアム(JUTM)に参画している。「地上150mから10,000mの空域は航空機の管制システムや安全に運航を行う仕組みができあがっているが、その下でも同じようなインフラを構築していかなければ、安全なドローン空域にはならない」という考えだ。
JUTMでの取り組みでは、将来的に日本のインフラ技術やシステムが「国際スタンダード」に盛り込まれることも目指しているという。
ANAでは、ドローンの実証として機体の整備点検での活用を開始。また、東京大学と天草市とともに進めているドローンを活用した社会基盤の構築に向けた取り組みでは、ドローンと有人機、ドローン同士が共存していくためのルール作りに向けてデータや知見を集めているところだ。
スペース:宇宙旅行を目指してロケット開発に参画
ANAは2016年10月、エイチ・アイ・エスとともにPDエアロスペースと資本提携。宇宙旅行を含めた宇宙輸送の事業化に向けた取り組みを進めている。エアラインだけに、ANAの社員のなかでも将来のビジョンとして「宇宙輸送」への関心は高いという。また、ANAは宇宙ゴミの除去を目指すASTROSCALEへの出資も行う。
このほか、内閣府主催の宇宙ビジネスコンテスト「S-Booster 2017」で、ANAの女性社員が個人として応募した「超低高度衛星レーダーで上層風を予測し、航空の最適化を目指すアイデア」が大賞を受賞。津田氏は「これも、ぜひDD-Labでやっていきたい」と意気込む。
ロケット技術は、航空機の高速化にもつながる話。コンコルドがビジネス的に失敗に終わったあとも、日本や欧米で超音速旅客機の開発は進められている。できるだけ早く飛ぶか、それともできるだけ快適に飛ぶか。津田氏は、「将来的にはチョイスの幅が広がることになるのだろう」と見通す。
「たとえば、ニューヨークに行く場合、現在のようなビジネスクラスの快適さに100万円を出すか、超音速機で1時間のフライトに1000万円を出すか。あるいは200万円出してアバターでOKということもありうる。究極的には5000万円で『どこでもドア』が使えることになるかもしれない」。値段の想定はともかく、時間と空間の相対性は、テクノロジーによってますます変容していくことは間違いなさそうだ。
ANAが見据える未来への取り組み第1回目はここまで。第2回目では、身近な近未来への取り組みを紹介する。
記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹